土曜日朝一の授業

Olá! Tudo bem? Harumiです。

私はブラジルで日本語、英語と音楽の講師をたまーにしているんですが、土曜日の朝8時から今日も授業に行ってきました。

でもこの朝一の「学校の開いていない率」が結構高くて笑えます。

YouTubeの動画でもこのブラジル人の時間の感覚の話は何度かしているんですが、まぁ日本じゃあり得ないことが日常茶飯事です。

とは言え、いくら時間にルーズなブラジル人も仕事はそれなりにちゃんとします。職場によって厳しいところ、緩いところ、色々なんですが、私の職場は結構緩い方でそれに加えてここカボフリオは地域性で人も皆んな緩いです。

なので時間通りに行っても学校が開いていなくて前に生徒や鍵を持っていないスタッフがズラッと並んでいる光景をこれまでに何度見たことか。

今日は12分遅れでスタッフが鍵を持って登場。このスタッフ割りと新しい人で、最初しばらくは必ず余裕を持って出勤していたんですが今日は何かあったんでしょうか?

面白いのが、こうやって誰かが遅れて出勤してくる際、別に急いでいる様子もないし「すみません」の言葉もなければ文句を言う人、「何があったの!?」と問いただす人もいないところです。

何事もなかったかのように皆んな中に入っていって当のスタッフも、他のスタッフも何も説明や会話などをすることもなく通常の風景に戻っていきます。

私もその流れで誰に何を聞くわけでもなく、ごくごく自然に自分の仕事に就くわけです。

日本じゃあり得ないです。

自分が遅刻した立場なら形相変えて走ってって謝りまくるし、もしそこに上司みたいな人がいたらお咎めも食らうでしょう。同じスタッフなら「どうしたの?」って聞きたくなるし、お金を払ってる立場なら文句の一つも言いたくなります。

ま、しかし、ここはブラジル。全体的にこんな感じです。

文句言ってもしょうがないんですよね。言ったところで「ごめんなさい」って言う人は限られてるし、ヘタすると逆ギレされるかも。なんの得もないんですよ、文句言っても。場合によっては何か利益を得られることもあるけど、まぁはっきり言って「時間のムダ」になることの方が多い。

この辺は同じ海外でも例えばアメリカとかとは全然違います。アメリカは訴訟大国。文句言ってなんぼの世界。

だけど今回の時間の件に関して言うと、自分が一人できちきちしようとしてるとただただストレスになるだけですが、思い切ってこの波に乗ってみるとまぁなんとも心地いいんです。

「だって自分のせいで授業遅れたわけじゃないし、別に生徒も文句言うわけでもない。その分余分に働くとかしないし、特に急ぐ用とかもない。なんか問題ある?別に10分くらいどうでも良くない?」

まぁだいたいこういう空気ですね~。張り合いはないです。やる気も起きないです(笑)。だから田舎なんです。あんまり進歩ないし、刺激とか夢とかそういうのとは縁が無い。

「いい」とか「悪い」とかっていうのは考えないようにしましょう。別にどっちでもいいし、どっちでもない。

ただ、こういう土地に住むにはそれなりのコツっていうのがあって、それを掴めないうちはなかなか苦労します。どこに住むにしてもそうなんですけどね。

私カメレオンでよかった。環境への適応力は自画自賛できる。

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ブラジルにだって家族間の色んなドロドロがあります。

あんまり読んでる人もいないかな〜と思うのでそれをいいことにちょっとした私のブラジル生活での愚痴を吐いていきます。笑

先日新居に引っ越しをしたんですが、その新居というのは旦那さんの両親、祖母と叔母夫婦が共同で土地を持つ場所で、彼らも家は違えど当然のことながらそこに住んでいるわけです。

それ以外にも数十メートル、数百メートル離れた同じ道にはまた別の叔母や叔父などが住み、とにかく常に家族の誰かしらの気配の感じる場所です。

元々は彼らの持ち物で生活エリアの土地に我々が無理やり家を建てましたし、特に私はよそ者なので何の文句の言いようもないんですが、まぁ毎日の生活となると色々問題は出てきます。

と言うかそれは引っ越す前から百も承知でした。

 

あぁ、、、ポルトガル語があまりわからずに「この人達みんな楽しい〜!面白いし優しくてフレンドリーで皆んな仲良しでいいな♥」なーんて無邪気に喜んでいた6年前が懐かしいし恋しくもあります。

言葉がわかってきたり日々の生活の中で人間関係などが色々と垣間見えてくると、知りたくもないドロドロや、自分の考察力も上がって様々な負の気持ちが芽生えてきます。

まぁ回りくどく書いても仕方ないのではっきり言うと、私にも苦手な家族、、生理的にダメな人がいるんですよねー、、。

そういう苦手な相手とは極力距離を取ることが私にとっては最善の策なんですが、こう今回のように「居」がスープの冷めない距離になってしまうと不可抗力で色々と目や耳に入ってくるんですよ。

声も、、もう駄目になってしまって、、声聞くだけでなんか「イラッ」っとするのとかこれどうしたらいいんですかね??

声がまたデカいんですよねー、、、常に攻撃的でマシンガンのような話し方、、。

あぁ、、、、やばーーーーい、、、ストレス感じてるー!!!!!!!

 

とにかく新居が完成したら一刻も早く正式に届け出をして税金も払って、将来の財産分与とかお金のトラブルに巻き込まれないようにだけはします!!!!

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新居建築開始から1年半でとりあえず引っ越し

2016年9月、予定通りいけばその年のクリスマスには引っ越しできるというので、賃貸の家賃から逃れるべく新居を建築し始めました。

お金に余裕があれば大きな業者との契約の選択肢もありますが、一般のブラジルの家庭だと知人の紹介などで個人的に契約、もしくは口約束で建築を頼むというのがごくごく普通で、私たちも当初そのようにして小さな建築事務所と契約を交わして支払いも全て済ませました。

ところがいざ建築が始まってみると当初の話とは違うことが多々出てきて挙句の果てに2017年2月頃中途半端な状態で建築は完全にストップ、業者側との連絡も取れなくなりました。

ただの泣き寝入りではあまりにも悔しいので弁護士を雇い訴えの措置を取り、そこから約一年、一応こちらの勝ちはほぼ確実なところまでは来ました。が、最終的判断はまだ未定で、相手側に諸々の支払い義務が生じたとしてもそれを実際に払ってくれるかどうかは全くもって不明。

どちらにせよこの裁判の最終判断決定がいつになるのかがわからない為、苦肉の策で別の人に頼んで新居の建設を続行させることにしました。

そこから2ヶ月、一階部分の工事が済んだので、当初の着工から1年半やっとのことで引っ越しが実現致しました!

まだ二階部分が済んでないので最終的に完成するのはここからまだ2ヶ月ほどかかりますが、とりあえずは新しい家での生活が実現して少しホッとしています。

まだまだ問題が山積みですが、今回のような私たちの例は実はブラジルではよくある話しのようで、日本では考えられませんがこれも一つの経験です。

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ただただ頑張って一日一日をこなしていく子育て

Olá! Tudo bem? Harumiです。

私は現在2児の母です。結婚願望はずっと強かったし、子供も欲しかった。

でもそれは「子供大好き!」っていうよりかは自分の両親を見ていて自然と「人っていうのは結婚して子供を育てるべきもの」っていう意識が強かったから、っていうだけ。

3人は子供が欲しい。

そこから逆算すると、このくらいで結婚して、子供を産んで〜、っていう漠然とした夢がありました。

だけど仕事するのも大好き。

とにかくじっとしていられないので結婚するまでは結構アクティブに色々なことを経験してきました。

そんな私にとってまず「結婚する」ってことは大きな大きなターニングポイントで、それを期に色々な変化がありました。

でもそれよりももっと大きな変化はやはり「出産、子育て」。

出産や子育てほど自分の身体や感情、人生や社会について考え直したことってなくて、これまでしてきたどんな経験もちっぽけに思えるほど私にとっては一大事件でした。そしてそれはまだまだ現在進行形。

これは恐らくほとんどの人、特に女性に共通するとは思うんですが。

子育てって、楽しいことも苦しいことも色々ありますが、具体的に何がどうなのかってなかなか表に出てこない気がします。

小さな喜びがたっくさんあります。

小さな愚痴がたっくさんあります。

でもあんまり幸せエピソードを出し過ぎたら周りに「リア充だ」とか「親ばかだ」とか「子供欲しくてもできない人もいるのに」とか色々言われそうだし、愚痴をこぼしたってなんやかんや言われそうです。

私もそのうちの一人で、日々感じることってたっっっくさんあって、でもこの感情のぶつけ所ってあんまり無くて、結構一人で戦うことが多い、、これが母親の宿命なのかなぁ?とか、、まぁそんなこと考えてる余裕もないんですよね、実際。

とにかく毎日必死です。

ただただ一日が普通に、平凡に、何事もなく過ぎ去っていってほしい、、、それだけ。

周りで活躍している人たち、若い人たちがキラキラまぶしい。

だけど嫉妬はしない。

そういう感情を持ち出すと子育てがうまくいかなくなる。

ただただニュートラルな自分でいないと今やるべきことから目を背けたくなりそう。

 

子供はかわいくてかわいくて仕方がなくて、本当に子供たちの笑顔があればもう他に何もいらない、って心から思えて、それだけの魅力、というか、、力を持っているんですよね、子供って。

でも、そこまで思っていても、ちょっとのことで爆発してしまいそうな爆弾、ピンと張り詰めた糸が母親の中には眠っていて、本当にスレスレの所で頑張っている、そんな毎日なんです。頑張っている、というか、本当にただただ毎日を必死で生きている。子供たちを必死にケアしている。

 

私にはまだまだやりたいこと、行きたい場所、叶えたい夢、そんなもの吐き出せばキリがないほどあるし、夢に向かって一直線な人を見たら羨ましい。

だけど家庭を持つことも私の夢だったし、健康な身体で子供を授かれたことはこれ以上ない幸せなのは絶対です。

 

ここ数年、感じることの多さとは反比例して発言は減ってきました。

大人になってきた、というのもあるのかな、と思いますし、感じることが多過ぎてそれをうまくまとめられない、というのもある気がします。

でも、自分の中で整理整頓して、将来見返すためにもアウトプットはしておきたいんです。

それはYouTubeで出している動画でも同じなんですが、まぁなんにしても今現在の私の環境ではできることにどうしても限界があって、以前はこの「限界」ってのが大嫌いだったけど、子供を持つとその辺にも変化があります。

特に母親っていうのは、自分を犠牲にしてでも子供のためになんでもできる生き物で、それでいいし、それが幸せ、と私も思えていて、そんな自分にもびっくりするほど人生観が変わる、、本当にとてつもない経験をさせてもらっているな、と思います。

時間はいくらあっても足りないし、あったとしても気力と体力もいっぱいいっぱいの日々。

その中で自分にできること、やりたいことを少しずつでも積み重ねていって、蟻ん子の歩みでも前進できていれば充分かな。

子供たちが元気でいてくれることが何よりの喜びです。

 

 

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